吾輩は猫である。名前はあるが、名乗るほどの者ではない——ここではNoirとしよう。
何しろ、猫とは気まぐれなもので、決まりごとに縛られるのを好まぬ生き物だから。
東京の街を歩いていると、ふと考えることがある。
「猫のように暮らせたなら、どんなに幸せだろう」 と。
朝の満員電車に揺られながら、音楽に合わせて早歩きをしながら、俯き人の流れに乗りながら。
気づけば、いつの間にか「東京のリズム」に飲み込まれ、忙しなく動いている自分がいる。
だが、その片隅で、猫たちは悠々と昼寝をしている。
「この違いは何だろう?」
そんなことを思いながら、今日も東京を歩く。
東京を生きる、猫のように。
猫は、狭い路地裏を知っている。
静かな陽だまりを見つけるのが得意だ。
誰かに媚びることもなく、しかし愛される。
自分も、そうありたい。
東京は、とかく「せわしない街」だと思われがちだが、
少し目線を変えれば、猫のようにくつろげる場所もちゃんとある。今日立ち寄った神楽坂。
ここには、昔ながらの石畳が残り、ゆるやかな坂道には、
老舗の和菓子屋や小さなカフェが並んでいる。
どこか懐かしい空気が漂い、歩くたびに時間がゆっくりとほどけていくようだ。
路地裏を覗けば、野良猫が店先で丸くなっている。
通りすがりの人がカメラを向けると、面倒くさそうに一度だけ伸びをして、
また目を閉じる。—— まるで「慌てるな」とでも言うように。
(そうか、東京にもこんな時間の流れ方があったのか。)
気ままに、穏やかに、悠々と。
あたたかいみたらし団子をひとつ買い、路地裏をゆっくりと歩く。
風が気持ちいい。急ぐ理由など、何もない。
ぼんやりと歩き、気が向いたところで立ち止まる。
静かな路地に足を踏み入れたり、古い喫茶店に吸い込まれたり。
東京にだって、こういう過ごし方ができる。
この手記はそんな「猫のように生きる東京」を綴る場所である。
ただ、東京を歩きながら、
「猫だったら、どうするだろう?」と
考えたことを、ぽつぽつと書いていく。
猫のように、気ままに。
そんな暮らしを、日々探している。
さて、今日はこの辺で寝るとしよう。
次は、「悠々と。くつろげる東京の隠れ家」を探しに行こうか。
(今日も、お疲れ様です。)
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